道徳教育が必要なのは誰か 寂しすぎる麻生総理の人間観

No.363 道徳教育が必要なのは誰か 寂しすぎる麻生総理の人間観

 麻生総理が25日の講演で、高齢化社会について、麻生という人物はこんなに冷たく、無責任で、つまらない人物だったのかと思わせる発言をした。発言の要旨は、毎日新聞によると:

 “日本は65歳以上の人たちが元気。65歳以上の人たちで、働ける健康な人、いわゆる介護を必要としない人は実に8割を超えている。元気な高齢者をいかに使うか。この人たちは皆さんと違い働くことしか才能がないと思ってください。働くということに絶対の能力がある。80過ぎて遊びを覚えても遅い。遊びを覚えるなら青年会議所の間ぐらい。そのころから訓練しとかないと。60過ぎて、80過ぎて手習いなんて遅い。働ける才能をもっと使い、その人たちが働けるようになれば、その人たちは納税者になる。税金を受け取る方ではない。行って来いで、日本の社会保障は違ったものになる。どうしてそういう発想にならんのか。明るい高齢化社会、活力ある高齢化社会。これが日本の目指す方向だ。活力ある高齢化社会の創造に成功したら、世界中、日本を見習う。”

 総理は夜になって、「私の意図が正しく伝わっていない。私が申し上げたいのは、元気で活力ある高齢者が多いということ。この方々には、社会参加をしてもらって、働ける機会を与える。それが活力ある明るい高齢化社会なんだと申し上げている」と釈明した(同新聞)という。

 釈明を併せても、頂きかねる発言だ。確かに多くの人々が60歳前後で退職している。その後はなかなか働くところが見いだせないのが現状だ。いろんな力や知識を持ったしかも脂ののった人々である。だが、彼らが活用されることは希有に近い。これがもったいないのは事実。

 一方で、若者の働き口はきちんと確保されているか。何かの拍子で就職のステップで躓くと、その後は悲惨を極めるようだ。この世代はまさに国を背負っている。が、まともな働き口もなく、フリーターだとか派遣で日々をかろうじて食いつなぐ、あるいは早々と路上生活の仲間入りをする、路上生活予備軍としてネットカフェなどに寝泊まりしている若者が何十万もいるらしい。

 若者の失業、低賃金労働とか不安定な雇用の改善は、老齢者の就職問題よりはるかに優先する。一国の総理として、彼はこの現状にどんな手を打ってきたのか問いたい。先の国会で派遣の規制法は廃案になった。総理にとって優先課題ではなかったということだ。若者においてそうで、何で老人の働き場かとはまず誰しも思うこと。

 ひどい発言だった。よくも言えたとも思う。単語を羅列すればいいというものではなかろう。彼の発言を翻訳すると、人は60を過ぎると肉体的にも精神的にも衰えて、新しい知識や技能を取得することはできないので、中年までに身につけたスキルや知識を活用して金を稼がせ、税を払わせるほかには使い道がない。そういう目で老齢者を見て仕事を与えよ。そんな社会を作りたい、となりそう。
 
 彼の言う手習いとは何か。この文脈からは“遊び”らしい。どんな遊びが彼の頭にあるのかは知らない。詩歌、舞踏・音曲なのか、酒池肉林の世界なのか、ゴルフで一旗なのか。定年後にこんな世界に耽け込めるような余裕のある人がどのくらいの数いるというのか。多くの人が中年までは趣味も持つ余裕がなかった・・・・。これから20年30年どうして生きていこうかと頭を抱えている。または日々、何をして過ごしたらいいのかと途方に暮れている。誰がこんな人間にした?これが自己責任というのか?とぼやきながら。

 定年後のなんと寂しい話。定年後はゆったりと余生を送るなど、夢の夢が現実だ。親父達は働きに働き詰めて最後がこんなことと、子供達がもう白けている。

 麻生総理の発言に決定的に欠けているのは、高齢者への尊敬と彼らが今おかれた状態への理解、それに総理としての自分の立場の自覚だ。加えて彼の人間観は、人は働かせ納税させるもの、ただそれだけだ。老人には後世に文化を伝えていく役割があるなどとは、彼の視野にはない。発言には知性はもちろん豊かさの片鱗もうかがうことができない。余りにも貧しく寂しい。道徳教育が必要なのはまず彼ではないか。だが、彼も70に近く、彼に言わせると今さら教育してももう遅い存在らしい。それならば即刻、国の最高の指導者の立場をお退き願いたい。 (09-07-26)

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