企業再建なって被害者見切り? 水俣病解決案
No.358 企業再建なって被害者見切り? 水俣病解決案
水俣病問題から加害企業と国・県が手を引こうとしている。そのための解決案なるものが国会にかけられている。被害者は受容派と反対派に二分されている。
水俣病の原因がチッソが排出した水銀であることが確認されて50年をとっくに過ぎて、いまだにどれだけの人が被害を受けたのか、汚染地域がどこまで広がっていたのか、つまりこの忌まわしい公害被害の全容が分からない。加害企業・国・県の3者が責任をなすり合う一方で、被害を小さくしようと“努力”してきたからだ。その過程で健康不安を訴える被害者の公害認定は拒否され続けた。
被害者は健康を損なうとともに、社会的差別を恐れて、自分や家族が水俣病の被害者であることを隠そうとしてきたとされる。公害に対する社会的な理解が進むと同時に加齢もあって、隠れていた人々も表に出てくるようになった。それが今なお患者が増え続ける原因とされる。被害を訴えることなく亡くなった人々も多いと見られる。
一方で加害企業のチッソは倒産の瀬戸際に追詰められたが、チッソ以外に大企業を持たない水俣市は、公害を残してチッソが消滅したり移転することを恐れた。それは県も同じだった。加害企業を殺すわけにはいかないとかチッソ再生の思惑、さらには名門大企業を被害者パワーの前に屈させることへの経済界のアレルギーなどが入り乱れて、様々なレベルの代理戦争を起こした。結果として、その時その時でチッソ救済案プラス被害者補償案を生みだし、問題の解決を遠ざけた。
健康被害を受けた人々の多くは既に亡くなっているが、その人々や家族が受け取った補償金は実にわずかなものだった。そして、現在検討中の最終解決含みでの補償金も驚くほどの安価である。苦痛のもとで、満足に働いたり動いたりできなくなった人生の代償としては余りにも小さい。だが、この金額を見直すと、既に亡くなった人々、解決済みにした人々にまで遡って再処置をしなくてはならなくなるとの理由で、加害企業と環境省が頑として譲らなかったとされる。
チッソは生き返り、株主訴訟のおそれを理由に開き直っている。国も県もこの公害を終わりにしたがっている。だが、被害を受けた人々の苦しみは一生続く。戦後日本の最大の公害は、加害企業がしたたかに生き残り、被害者は切り捨てられて終わり、そんな形が見えてきた。
50有余年のこの公害処理。傍目にはチッソ再建が一貫して優先され、被害者は脇に置かれた印象を否めない。企業再建終了で被害者切り捨てとすれば、どういうことだろう。人権も人道もなかったような気がしてならない。今回の案は、新自由主義経済などが大手を振った時代の雰囲気を受けたものだろうが、息を呑むところがある。
日本には戦前にも足尾鉱山の公害があった。この公害は渡良瀬川下流の谷中村周辺の状況がわずかに分かるだけで、大もとの足尾では鉱山一帯が硫酸ガスではげ山になったこと位しか分からないが、全体の人的被害は膨大だったのではないかと推察される。だが、その実態は完璧までに封印されて歴史の彼方に消されている。加害企業の古河は日本の代表的企業グループとして今も揺るぎない。
時代が異なるが2つの公害、どこか重なり合う。二度あることは三度あるとの俚諺が頭をよぎる。(09-7-7)
水俣病 被害者救済案 被害者切り捨て チッソ再建 公害 一時金 足尾鉱毒 企業救済
水俣病問題から加害企業と国・県が手を引こうとしている。そのための解決案なるものが国会にかけられている。被害者は受容派と反対派に二分されている。
水俣病の原因がチッソが排出した水銀であることが確認されて50年をとっくに過ぎて、いまだにどれだけの人が被害を受けたのか、汚染地域がどこまで広がっていたのか、つまりこの忌まわしい公害被害の全容が分からない。加害企業・国・県の3者が責任をなすり合う一方で、被害を小さくしようと“努力”してきたからだ。その過程で健康不安を訴える被害者の公害認定は拒否され続けた。
被害者は健康を損なうとともに、社会的差別を恐れて、自分や家族が水俣病の被害者であることを隠そうとしてきたとされる。公害に対する社会的な理解が進むと同時に加齢もあって、隠れていた人々も表に出てくるようになった。それが今なお患者が増え続ける原因とされる。被害を訴えることなく亡くなった人々も多いと見られる。
一方で加害企業のチッソは倒産の瀬戸際に追詰められたが、チッソ以外に大企業を持たない水俣市は、公害を残してチッソが消滅したり移転することを恐れた。それは県も同じだった。加害企業を殺すわけにはいかないとかチッソ再生の思惑、さらには名門大企業を被害者パワーの前に屈させることへの経済界のアレルギーなどが入り乱れて、様々なレベルの代理戦争を起こした。結果として、その時その時でチッソ救済案プラス被害者補償案を生みだし、問題の解決を遠ざけた。
健康被害を受けた人々の多くは既に亡くなっているが、その人々や家族が受け取った補償金は実にわずかなものだった。そして、現在検討中の最終解決含みでの補償金も驚くほどの安価である。苦痛のもとで、満足に働いたり動いたりできなくなった人生の代償としては余りにも小さい。だが、この金額を見直すと、既に亡くなった人々、解決済みにした人々にまで遡って再処置をしなくてはならなくなるとの理由で、加害企業と環境省が頑として譲らなかったとされる。
チッソは生き返り、株主訴訟のおそれを理由に開き直っている。国も県もこの公害を終わりにしたがっている。だが、被害を受けた人々の苦しみは一生続く。戦後日本の最大の公害は、加害企業がしたたかに生き残り、被害者は切り捨てられて終わり、そんな形が見えてきた。
50有余年のこの公害処理。傍目にはチッソ再建が一貫して優先され、被害者は脇に置かれた印象を否めない。企業再建終了で被害者切り捨てとすれば、どういうことだろう。人権も人道もなかったような気がしてならない。今回の案は、新自由主義経済などが大手を振った時代の雰囲気を受けたものだろうが、息を呑むところがある。
日本には戦前にも足尾鉱山の公害があった。この公害は渡良瀬川下流の谷中村周辺の状況がわずかに分かるだけで、大もとの足尾では鉱山一帯が硫酸ガスではげ山になったこと位しか分からないが、全体の人的被害は膨大だったのではないかと推察される。だが、その実態は完璧までに封印されて歴史の彼方に消されている。加害企業の古河は日本の代表的企業グループとして今も揺るぎない。
時代が異なるが2つの公害、どこか重なり合う。二度あることは三度あるとの俚諺が頭をよぎる。(09-7-7)
水俣病 被害者救済案 被害者切り捨て チッソ再建 公害 一時金 足尾鉱毒 企業救済
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