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<<   作成日時 : 2016/11/01 00:29   >>

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No.684 人が信頼する情報とは 公共図書館の医療情報サービスから思うこと

 ある公共図書館の医療情報サービスが”受けている”とその実態を係の司書がスライドを使ってプレゼンしてくれた。司書の努力と苦労がよく分かった。話を聞いていると、ほとんどががん情報だという。次にニーズがあるのは妊娠関係のものだそうである。

 医療関係者は自分の守備範囲を超える話はしない。専門外と拒否する。事実、答えられない話が多い。がん治療でどの方法がベストなのだ、などの話はこれは専門の如何に関わらず、答えることができない話だろう。仮に答えるとしても、一般化したものも、評価に関するものも出せない。

 医療情報は溢れるほどにある。医学関係者のアドバイス、書籍、新聞、雑誌、TV・ラジオ、Net・・・・・。相談できる窓口も結構沢山ある。出版物ともなると、専門誌からミニコミ誌まで、すごい量だ。情報洪水の中で、何を信用していいのか、相談者は迷う。深入りすれば、するほど情報の整理はしにくくなる。

だが、様々な情報や話を整理し、つなぎ合わせて話せる立場にあるのは図書館の司書ということだった。

 情報の洪水の中で、人が信頼する情報とは何だろうか。

 過日、遺伝子組み換え食物(GMO)を推進する団体と学者グループのシンポジウムを聞く機会があった。推進する学者らからは、GMOへの社会の理解が深まらないことにあせりと愚痴のような発言が相次いだ。“科学的に安全といくら言っても世間が受け入れてくれない。論文は査読(peer review)を受けていて、信頼性が高いにもかかわらず”、“サイエンスコミュニケーションが通用しない”・・・・。

 GMOが受け入れられないのは、安全性のだけの問題ではない。研究者たちは、話が安全性から問題が倫理や経済活動などへ拡散すると専門外、と逃げる。

 今の時代ほど、学者の権威が下がっている時代はない。既成の権威に対する懐疑は時代を覆う雰囲気である。

 学者や専門家は、専門家と一般の間の情報ギャップを指摘する。両者の持つ情報格差が大きくなり、自分たちの考えが受け入れられないのだ、と。そのギャップを埋めるためにと、サイエンスコミュニケーションとかリスクコミュニにケーションが必要だと、それに類したことが頻繁に行われるようになった。そこにある実施側の認識は、知識の乏しい、早い話、無知な一般市民の啓発である。

 だが、専門家の権威を大きく失墜させたのは、専門家自身だ。

 まず、専門家が扱う内容が細分化され、彼らが主張することは自分の守備範囲内のことに限られる。それを出たところに存在する問題に返答する力がない。

 科学者や技術者が神話を作り、夢をばらまいてきたことを今では知らない人がない。我々“無知な大衆”は彼らが作り上げた神話が各方面で砂で作った楼閣のごと崩れるのを目の当たりにし、自分がいつその災難に遭うか分からないことを思い知らされた。

原発の大事故。それ以前にも阪神大震災での都市インフラの無残な崩壊などがあった。今も、仰天させられる事故なども続いている。STAP細胞騒動もあった。大規模科学技術の多くは学者や専門家が“絶対に安全”と言って、市民や住民の疑問や反対を押し切って受け入れさせてきたものである。そういうものが自然の力であっけなく押しつぶされてしまうのを幾たびも目撃することになった。多くの犠牲者を出し、塗炭の苦しみから抜け出られない多くの被災者が今なおいる現実。STAP細胞騒動は、日本の最高知性とされる研究所における不祥事だったし、この騒ぎはまた日本を代表する私大の研究体制や大学の権威を問うところまで発展した。

 科学と技術への根本的な信頼が失われたのだ。権威が揺らいだと言うより崩壊した。そんな状況の中で、“査読済みの論文”と言っても、一般人からすると、それはあなた方の世界でしょ、となる。

図書館の医学情報に話を返そう。来館者が求める情報はがんと、妊娠関連がほとんどで、他は少ない、なぜ、この二つ?多分、生死の不安がそこある。

 彼らが求めているのは、確かに信頼できる情報だ。だが、実際は情報+α、またはα+情報ではないのか。αの部分は人としてぬくもり。あるいは支え。

現代は多くの人が親や兄弟、友人などから離れ、都会で核家族暮らし。入ってくる情報は限られている。一昔前までは、出産関係の話なら、特別難しい状況でない限り、母親から、祖母から、親戚から、近所から、友達からと多チャンネルで入ってきた。自分はもちろん、親族ががんになれば不安だろう。多くの親族や知人に囲まれた生活では、不安は不安でもよりどころがある。頼れる関係がある。都会ともなれば、そういう関係は希薄。

 不安になった人は自分に寄り添ってくれる人を求める。情報とともに、話を聞き、自分に沿ってサポートしてくれる人を求めているのではないか。新聞とか書籍では相手が見えないが、図書館の情報には人がついている。リファレンスサービスならあつらえの情報である。

 信頼できる情報、それは自分に寄り添ってくれる人からのもの、というのが今の社会ではないのか。 (2016-10-31)




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