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No.402 小沢捜査は小泉劇場の続きだったか 議員は無知なのかめでたいのか ほぼ1年間にわたって続いた民主党の小沢幹事長に対する何かよく分らない検察の捜査には全くいらいらさせられた。検察の意図は小沢の政治生命を絶つことにあったようで、検察は彼の周囲から犯罪をあぶりだすことに必死になった。検察は小沢の政治資金は建設業者からの違法な献金から形成されているに違いないとみた。 その証拠集めに秘書や関係者を取り調べたり、逮捕したり、家宅捜査を繰り返した。見込みで、しかも別件から入ったのだ。3月の件が空振りに終わると、首相の政治資金調査を挟んで、第2弾に踏み込んだ。首相の捜査は、小沢捜査に異音が入ることをあらかじめ排除するするものであっただろう。もちろん一石二・三鳥の他の意図もあっただろうが。第二弾も目指すところは同じだが切り口を変えた。そこでなぜだか、小沢の政治団体の金の動きが事細かに発表された。その上検察がおかしいと見ているという金額が4億だ、5千万だ、8億だ、12億だとアップダウンを繰り返した。捜査の過程でこんな数字が外に漏れること自体がおかしく、検察のリーク、小沢巨悪のイメージ作りと非難されることになった。金の出入りの解明が必要と家宅捜査の範囲が広げられ、参考人として聴取された人々の数も増えた。検察は小沢本人聴取が必要と、小沢に応諾を求めたが、金丸の先例を知る小沢は、警戒してかそれを先延ばしにした。検察はそれならと、現職の国会議員である元秘書など3人を逮捕した。この検察の、俺たちに逆らうか、それならもの見せてくれよう、という態度は全く理解できないが、それは彼らの血だろう。それからさらに家宅捜査の範囲が広げられ、逮捕した国会議員事務所の女性スタッフに対しても半ば暴力的に長時間の取り調べをした。その意図がなんだったのか分らない。別件の別件との話もある。平たく言うと、検察に協力=思うように”自白”しないのなら、検察は何でもするぞ、との脅迫だったろう。 結局、小沢本人は不起訴、秘書ら3人が収支報告書の記載がいいかげんだったとして起訴されて一区切りついたとのことだが、まだこの先何があるやも分らない。押収した帳簿を国税が脱税の調査をしているとの話だ。これも順序が逆ではないのか、こんな捜査が許されるのかとの疑問を禁じ得ない。普通は脱税の容疑があるから帳票類を差し押さえるが、今回は他の名目で差し押さえた帳票類からどこかに脱税がないかと探す。そこには何が何でも小沢を犯罪者にするという検察の意図が明らかにある。 捜査は一段落越えたが、大手の新聞はこぞって小沢には政治責任と道義責任がある、説明責任があるなどと書き立て、国会は自民党中心に責任の追求に余念がない。民主党内にも幹事長辞任論がくすぶっているという。また逮捕された現職の国会議員の元秘書について、自民党と公明党は議員辞職決議案を衆議院に提出した。この決議案を国会に上程すると与党内が割れそうと民主党は審議に付さないことを決めているようだ。 1年に及ぶ捜査で、小沢と民主党は大きく傷ついた。捜査当局が疑わしいと思うならきちんと順序立てて調べていけばいい。だが捜査は基本的に秘密であり、仮に起訴に至ったとしても、容疑者の人権が傷つけれられることはあってはならないだろう。ところが、今回の捜査は最初から最後まで、ドラマ仕立てとでも言うべきものだった。大悪人小沢と正義の味方検察その応援団マスコミとのバトルが演出され、国民はいつ小沢の首が落ちるかを見つめさせられることになった。検察は法に則って動くものと思いがちだが、見えたものは憲法も法も無視して暴走する検察だった。それを自称社会の木鐸なる大メディアがあおり立てた。違法が違法を追い詰める、それぞれ正義を掲げた闘いだった。こんなおかしな捕り物が今時あるのか? そこには疑われた側の人権も名誉も何もなかった。そもそもターゲットの人物を潰すことを目的にした捜査だから、検察にとっては犯罪事実が上がろうが上がるまいが、彼を傷つけ貶めることができ、結果として彼の政治生命を奪うことができれば成功というものではなかったのか、と思われる。特定の人物を傷つけるための検察権力の行使、これは断じてあってはならないことだ。 ところで小沢の何がどう悪かったのか?小沢の蓄財で誰がどんな被害を受けたのか?公共事業で贈収賄、裏献金は税金の簒奪に等しい。だが、小沢と同時期に同じゼネコンからの贈収賄の疑いをかけられたNへの検察の態度は対照的だった。なぜ開きがでたのか?なぜある人物についてだけ検察は目の色を変えるのか?あるいはもっともっと大きな不正が噂される事柄に対して、検察はなぜ腰を上げないのか? 国会は鈍すぎる。小沢の資産形成過程に目がいくあまり、政治全体が検察に乗っ取られた事実にも、疑われた人物の基本的な人権も丸裸にされてることにも気づいていないらしい。国会で自民党がやっていることは川に落ちた犬は棒で叩け、ということ以外にない。それはいじめの類だ。激しい個人攻撃が繰り返されるが、そこから新たに何かが生まれる兆しはない。不毛の論議だ。その一方で本当に議論されなければならない国民の生活は素通りである。国会は、国会を乗っ取った検察を非難すべきだし、秘書時代の微罪で逮捕された議員については守るべきではないかと思われるが、動きは逆だ。与党議員は明日は我が身の恐れの方が先に立つのか、検察のあり方を議論することも、小沢や石川を弁護することもできないようだ。 こんな時代錯誤のドラマを見せられた国民の感想は、小沢は幹事長辞職または議員辞職すべきがほぼ70%だったよし。今、郵政改革はどうだったか?小泉改革で日本はよくなったかと世論調査をしたらどんな結果が出るか。 (10-2-18) |
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